実家の風景

 お茶入れよう!

キッチンを少し歩くと足の裏にゴミが付く

床を掃除しよう

ついでにトイレの床も拭こう

あれ、トイレが臭い。

便器も掃除しよう!

やっとお茶を入れられる。

と思ったら、シンクが汚い

シンクを磨く。

お湯を湧かそう。

ポット置いてる台が汚れてるよ!

拭こう。

お湯を沸かす。

お茶を入れる。

 

 

そんなわけで、ちょっとお茶を入れるだけのつもりが、お茶を入れ終わるまでに30分くらい掛かってしまうのです。

何かをやろうと思ったときに、すぐにその行為が出来るということは尊いなあと思う次第です。

 

 

誰かと生きていくこと

好きになった人と信頼関係を築いて、仲を深めていくことはとても骨が折れる。

中々容易じゃないし、時間もかかるしエネルギーも費やす。自分からも相手からも状況からも逃げちゃダメだし、好きだから絶対失いたくなくてスリルもある。

 

浮気とか二股とかして、色んな相手を撃ち落とすことより、ずっとずっと刺激的だと思うんだけどな。

 

 

 

失敗

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社会人になったときに、失敗は許す、ただし一度だけ。二度目の失敗はただの無駄。って自分で決めて、そのことが今の自分を苦しめているのかもしれない。‬

 

 

ところで双極性障害って診断された件、続き書きたいのになかなか時間が取れませんえん。そのうちちゃんと書きますんでよろしくお願いします。

 

双極性障害と診断されたけど、誤診だった模様。(1)

はじめに

2016年の5月〜7月頃に、心療内科双極性障害(Ⅱ)と診断されたんですが、

誤診だったと思われる話を書きます。

 

患者本人が「誤診だった!」なんていうと、それこそ病人特有の判断力不足っぽくて怪しいんですが、わたしに関してはどうもそんな気がするので、そのことをお話してみたいと思いますよ!

 

 

きっかけ

そもそも別件で心療内科に通っていたんです。

「人が待っていると思うと、どうしようもなく焦ってパニクる」とか

「怒ってる人がめちゃくちゃ怖くて心身共に硬直する」とか

「*二人以上に同時に話しかけられたり、音がうるさいと精神的にめちゃくちゃ疲弊して、横になって起き上がれない」とか

※二人以上に同時に話しかけられる=我が家では毎日の光景

 

そういうことで,精神的疲労と動悸が激しいので、これをちゃんと治そう!と思って

2015年の11月頃から心療内科に通い始めていたのでした。

 

診断名はついてませんでしたが、漢方薬の加味逍遥散というお薬を処方されることで、

症状は落ち着いていました。

当初、担当医も「これをのんびり飲んで行くことで、緩やかに回復するのを待ちましょう」という話をしていたように記憶しています。

というのも、わたしも「いつまで服薬すればいいのか」「服薬以外に、認知療法だとかカウンセリングなど、他に自分に出来ることはないのか?」と気になって訊ねたからです。

担当医からの答えを受けて、長期間……年単位での漢方薬の服薬を覚悟して、わたしはこの症状を治そうと決意をしたのでした。

 

 

 (つづく)

 

夢日記

脱北船に乗る時に、からだを斬斬ばらばらにしてトランプカードの絵みたいにしてしまったから、着いたらまず胴と足を探さなくちゃいけないし、運が悪いと首と頭が逆さにくっついていることもあるから気をつけなくちゃならない。
けれど、人として最低限の生活が保障されてるから、頑張りたい。

手作りごはん

最近やっと、自分が作った料理を美味しく食べられるようになりました。

 

 

2013年〜2015年くらいまで、手作りのごはんが食べられませんでした。

食べられないというのは、少し大げさですが出来たら食べたくないし、あまり美味しくないし、少し気持ち悪いという感じでした。

 

手作りのごはんには、独特の温かみがありますが

わたしはその温かみを「人の念」や「感情」だと感じていて、

そういうものを食べるのがつらかったんです。

 

味はまずくないんですが、手作り料理の持つ独特のオーラが苦手でした。

 

そういうわけで、一日のうち2食はファミレスやファーストフード、コンビニのごはんを食べていました。

工場で作られたごはんには、人の念が感じません。

画一的な作業で作られたごはんには、人の手が加わっていたとしても特に何の感情も込められていないでしょう。

作っている人の気持ちは恐らく「あ〜早く終わりたい」とかそんな感じで、料理にはあまり想念が入っていないと思うんです。

 

その頃は、その味気ないごはんの軽さが好きでした。

何の感情も感じないごはん。

 

 

恐らくわたしは疲れていたんだと思います。

自分の内面の問題で精一杯だから、他人の気持ちまで受け入れる余裕がなかったんです。

手作りの料理に何か重たみを感じて、工場で作っていそうな料理に軽さを感じるのはそういうことなんだと思います。

人の感情を食べて、飲み込んで、摂取するのが非常にしんどかったのです。

 

2015年の末から、心療内科で処方された漢方薬を飲み始めました。

かみしょーよーさんというものです。

わたくし、特定条件下でパニックというか、焦りとか動悸、そしてストレスが受け止められなくてパンクすることが多くて、収まらなかったのでそれで処方されました。

 

この漢方薬を飲むようになってから、家族が作ったごはんを食べられるようになりました。

食べることを苦痛だと思わず、ガマンする感覚はなくなりました。

 

だけど自分が作ったごはんはまだ、食べる気になれませんでした。

自分の感情がぐっちゃ混ぜになったご飯を、どうにも生理的に受け付けなかったようです。

 

それから1年経って、最近は自分が作ったごはんを食べられるようになりました。

気持ちがだいぶ落ち着いてきたのかもしれません。

或いは少しだけ料理が美味くなったのかもしれないけれど。

 

 

でも、もう自分や家族の作ったごはんを「感情が重たい」などと感じないし

ファーストフードやファミレスのごはんを「感情がなくてらく……」とも思いません。

 

 

こういう状態に戻って思うのは、あの頃の自分は相当疲れていたんだと思います。

病んでもいました。

自分のごはんが食べられるようになったら、昼ご飯はお弁当持参できるので節約になります。

 

元気になって本当によかったなあと思いました。

【SS】A HAPPY NEW YEAR 2017

 夜明けと共に鶏が啼いたらそれが始発の合図で、私を背中に乗せた雄鶏は東に向かって駆けだした。

 昨年は幾ら藻掻いても中々起き上がれなくて、眠っていることが多かったけれど、そんな中やっぱりあの子に支えられてるし救われたって思ってる。
 そうしているうちに、やがてあの子の住む街が見えてくる。
 人々と建物とかわいいもので溢れる街。
 どうか、気が付いて。
 私は暁色のピストルを、元日の天に向けて引き金を引く。
ーーぱん!

と強烈な破裂音が響くと雄鶏は「こけー!」と啼いて、なんと、空を飛んだ。
 銃口からは虹色のけむりが立ち上って「あけましておめでとう」の文字を描いている。
 眼下にはきみの住む街。
 大声で叫んだ。
今年もよろしくね〜っ!!!