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裏口は雨

 は雨が降っていて、恐る恐る出る度にずぶ濡れになって風邪を引いたり肺炎になったり、トタン板とか看板が飛んできて頭に当たって気絶して倒れたり、風雨がすごくて道に迷って結局電柱の広告を頼りに這いつくばって家まで戻ってきたりして、そんなことを何度も繰り返すうちに、わたしはもうすっかり家から出る気をなくしてしまった。
 だって家から出なくたって、西友もヨーカドーもネットスーパーで即日配達してくれるし、アマゾンだってあらゆるものを翌日には運んでくれる。そういうわけで特別に多くを望まなければ、わたしは外へ出る必要がないのだ。それに家にはきみがいる。きみはただそこにいるだけで、わたしに癒やしをもたらすし、きみの声を聞いているだけで色んな不安や重苦しい気落ちがすっと和らぐんだ。
 だけどきみにはきみの人生がある。
 きみにはきみのために行かなくては成らない場所がある。わたしが出かける裏口はいつも雨なのに、きみの出る玄関の方はたいてい晴れていて、悪くてもせいぜい曇りだ。きみは毎月のように玄関を出て歩いて五分の場所にある駅のホームから新幹線に飛び乗って東京に遊びに行く。2、3日できみは帰ってくるけれど、その間きみを感じられないわたしは簡単に元気をなくす。
 きみは空気だ。
 わたしを穏やかな気持ちにもさせるし、苦しくもさせる。
 けれどわたしは、こんな自分は嫌だ。わたしだってきみみたくちゃんと外へ出られたらいいのに。
 そうしたらこんな気落ちにもならないだろう。寂しいだとか羨ましいだとか、そういう単に苦しいだけの気持ちには。
 わたしはきみとわたしとの関係に不純物は混ぜたくない。そういうわたしの気持ちは、二人の恋愛とは本来無関係なところから生まれている。
 わたしは外へ出て行くしかないのだろう。どんなに雨が降っていても。何度転んでも迷っても。わたしが行くべき場所へ辿り着くまで進まなくちゃいけない。止まない雨はないと言うし、底のない沼はあっても頂上のない山はない。どれだけ高い場所だって、歩いて行けばいつかは辿り着くはずだ。
 わたしはリュックサックにノートとペンとスマホとヘッドフォン、それからきみが可愛いと褒めたお財布と、きみがくれたナツメグの香りがするハンドクリームを入れてもう一度傘を握った。おそらく二ヶ月ぶりである。
 裏口を開けると空は濃灰色でどす黒く、雨は相変わらず強く路面を打っていた。水音だけを聞いていると、心地よい。
 わたしはきみがかわいいと言った黒のコンバースを履く。
 秋口はたった一人で何度も行き倒れてしまっていたけれど、今のわたしにはきみがいる。だからもし、躓いて転んだり、道に迷ったりしても大丈夫だよ。
 そんな時は、きみに電話して声を聞けば行き先が自然とわかるし、きみが笑顔を見せる方向には悪いものはいない。
 わたしは玄関の外に一歩、足を踏み出した。