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【掌編】きみがいない夜

story

 きみの住む惑星までは星間連絡輸送船で早くても1時間掛かるし、宙陸両用車両でも普通に行けば2時間、星間高速連絡道を使っても1時間と少しは掛かってしまう。
 遙か昔の時代なら、ぼくらはきっと出逢うことすらなかっただろうし、出逢ったところでこうして恋愛関係に発展したり、継続させることなんて難しかったかも知れない。
 ぼくらの距離は果てしなく遠いけれど、移動時間が1時間……つまり「月曜から夜更かし」や「五時に夢中」一本分しかなくて、そのお陰で少なくともぼくはそんなに距離を意識しないで済んでいるんだと思う。そもそもぼくは遠距離恋愛に向かないタイプなのだ。
 きみと過ごす時間はいつもあっという間で、初めて電話をした時なんて7時間が3時間くらいにしか感じなくて、それは一年経った今も変わらない。
 きみとぼくとの間にはどうも時空のひずみが発生しているらしくて、ここを上手く利用すればきみの惑星まで一気にワープ出来るんじゃないかと思うけど、相対性理論っていうのはそう簡単なものでもないらしい。
 時刻は午前三時過ぎ。
 今宵、きみはいない。
 いつもならイヤホンからはきみの寝息が聞こる時間帯なのだけど。
 ぼくは窓を開けて空を見上げる。
 赤い月と一際大きく光る星、そして西の空にあるちいさな光り、きみがいる星、湖の惑星。
 ぼくは庭一面に咲いている、『冬凪の踊り子』の花々に目を遣る。
 幾つかは実になっていて、リングの形や、ウォーターガンの形、完全ズル向けフル勃起状態のペニスの形に、ロースカツ定食の形など、みんなそれぞれ形が違って見ていて飽きない。
 この花は、きみの惑星固有の種類で、ぼくがきみと抱き合うときに服についてしまったり、きみからもらったプレゼントの袋に入っていたり、或いはぼくがきみの星へ行ったときに服や靴の裏にくっつけて持ってきてしまったりしたもので、気が付けばこの一年の間に、ぼくの家の庭は一面この『冬凪の踊り子』に侵されていた。
 これだって、きみと出逢わなければ見ることもなかった景色で、これはきみとぼくとが共に過ごした時間の証であるとも言える。
 ぼくはもう、もともとどんな雑草が生え居ていて、どんな石が転がっていたのか思い出せない。
 けれどぼくはこの奇妙な植物たちの織りなす景色は嫌いじゃない。
 節操がないように見えて、根っこはひとつの所で繋がっているこの植物は、まるできみとぼくとの会話のようだ。
 ぼくは手元のデバイスで庭の写真を撮った。
 顔を上げると12月の鋭い風がぼくの顔面に刺さって、ああそういえば、あの時はお酒を飲みながら外できみに電話して、つい好きって言っちゃったんだ、と思い出す。
 あの時からぼくらは、ほとんどだいたい毎日言葉を交わして、お互いの心に触れてきた。時にくだらなく、時にロマンチックに。そして時には美しくない感情で。まるでこの庭に拡がる景色のように。
 この先もずっと、ぼくはこうしてきみと時間を積み重ねて行きたいし、心を重ねて行きたい。
 
 きみに写真を送った。
 

おわり。