【掌編】花酔いの予感

花酔いの予感(700文字程度)

 

 顔が花になっている。
 炎天下の中、本屋に出かけた帰りにいつもの土手を歩いていると、日傘を差した和装の女性の顔が大きな白い花だった。
 顔の上に大輪の花が咲いているのではない。顔が花になっているのだ。
 というか正確には花になりかけている。
 よく見ると、重なる花びらの下に人間の唇が見えた。
 そのまま視線を外すと彼女と少し離れた場所に立っている少女の顔も白い花だった。
 完全な花。 

 

 始めてその花を見たのは5歳の時で、相手は隣の家に住んでいた7歳の女の子だった。
 僕は彼女を姉のように慕いながら、淡い恋心を抱いていた。
 ある時、彼女の顔は少しずつ白い花びらで覆われ始めると、やがて白い花に変わっていった。
 驚いた僕が、周りの大人や彼女自身にそのことを話しても、みんな子供の戯れ言として取り合わなかった。
 花が見えたのは僕だけだった。
 彼女が亡くなったのはそれから7日後だった。

 

 諦観十七年の夏、戦況は順調で、僕たちの国は敵国の領島へ攻め入って、敵軍を島の一角へ追い詰めているという。
「みんな頑張っているのだから、がんばれ。がんばれ」
 顔の見えないみんなは、いつでもどこでもこんな調子だ。
 街では二十歳を超えた男性は国の招集を受けてどこかへ行ってしまい、いるのは老人と子供ばかりになっていた。
 十八歳の僕も国から招集を受けると、薄茶色の軍服を着せられて、南方の島へ船で送られる。
 海の彼方に島がその姿を現すと、白い花が咲き乱れているのが見えた。
 山に、木々に、そして浜辺に。
 壮観だった。近くで見ると、花酔いを起こしそうだ。
 僕は暫し、その美しさに目を奪われる。
 やがて船が島へ近付くと、僕はようやく気が付いた。
 白い花が皆、薄茶色の軍服を着ているということに。